大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和51年(行コ)4号 決定 1977年3月17日

控訴人

野村一信

被控訴人

一宮税務署長

右当事者間の昭和五一年(行コ)第四号所得税更正処分等取消請求控訴事件について、控訴人代理人が昭和五一年一〇月七日付準備書面にもとづいて主張した攻撃防禦方法に対し、被控訴人指定代理人から民訴法一三九条により却下を求める申立があつたので次のとおり決定する。

主文

控訴人訴訟代理人か昭和五一年一〇月七日付準備書面をもつて主張した事実主張はすべて却下する。

理由

控訴人訴訟代理人は昭和五一年一二月二三日午前一〇時の当審第四回口頭弁論期日において同年一〇月七日付準備書面をもつて本件各係争年度分の控訴人の仕入金額、諸経費、売上金額及び所得金額について主張したところ、被控訴人指定代理人から控訴人訴訟代理人の右事実主張は故意又は重大な過失にもとづく時機に後れた防禦方法でありかつ訴訟の完結を遅延させるものであるから、民訴法一三九条により却下されたい旨申立てた。

よつて按ずるに、

一控訴人の右主張が時機に後れて提出された攻撃防禦方法であることについて

第一審で提出されなかつた攻撃防禦方法が控訴審に至つて初めて提出された場合それが時機に後れたか否かは、原則として、第一審からの審理経過を通じて判断すべきものと解するのが相当である。

本件記録によれば、本件の審査経過は次のとおりであることが認められる。

1 原審

期日(年月日)

手続の別

期日における手続内容

四八・四・二八

訴え提起

四八・六・一

第一回弁論

訴状陳述

答弁書(請求の趣旨及び請求の原因に対する答弁)陳述。

四八・七・二三

第二回弁論

(被控訴人)本日受付の準備書面(一)(課税の経緯について)陳述。

四八・九・一七

第三回弁論

(控訴人)被控訴人準備書面(一)の別表(一)ないし(三)「更正および賦課決定額」欄に対する認否、各年分とも営業所得金額のみ争い、その余は認める。

四八・一一・五

第四回弁論

(被控訴人)本日付準備書面(二)(営業所得金額推計過程について)陳述。

四八・一二・二一

期日変更

控訴代理人の書面申請による。

四九・三・一

第五回弁論

(控訴人)本日付準備書面(処分の手続の違法について)陳述。

四九・五・一五

第六回弁論

(被控訴人)本日付準備書面(三)(控訴人の四九・三・一付準備書面に対する反論)陳述。 (控訴人)本日付準備書面陳述、内容―被控訴人準備書面(二)の別表(一)に対する認否「売上原価、収入金額、算出所得金額、営業所得金額については否認、差益率、算出所得率については争う、特別経費、事業専従者控除額、については認める」、同別表(二)に対する認否「すべての仕入先の数量金額ともに否認」なお、控訴人の主張は追つてする。

四九・六・二四

第七回弁論

延期、控訴代理人申請。

四九・八・二六

第八回弁論

休止。

五〇・一・二七

第九回弁論

(被控訴人)乙一、二号証及び四九年八月二六日付証拠説明書提出。

五〇・三・二四

第一〇回弁論

(被控訴人)乙三ないし七号証及び本日付証拠説明書提出。(控訴人)乙一、二号証の認否、不知。

五〇・五・一四

第一一回弁論

弁論更新。

(被控訴人)証人三名尋問申請。証拠決定(証人二名採用)。

五〇・七・二

第一二回弁論

証人尋問実施(被控訴人申請証人)。

(被控訴人)乙八号証提出。証拠決定(証人一名採用)

五〇・七・三〇

第一三回弁論

証人尋問実施(被控訴人申請証人二名)。(控訴人)控訴本人尋問申請、乙三ないし八号証の認否、不知。証拠決定(控訴本人採用)。

五〇・一一・一二

第一四回弁論

控訴本人尋問実施。

五一・一・一二

第一五回弁論

(当事者双方)他に主張、立証なし。口頭弁論終結、判決言渡期日(五一・三・二九)告知。

五一・三・二九

第一六回弁論

判決言渡。

2 控訴審

五一・七・一

第一回弁論

(控訴人)控訴状陳述。

(被控訴人)答弁書陳述。

(当事者双方)原判決摘示のとおり原審口頭弁論の結果陳述。

五一・八・五

第二回弁論

弁論更新。

五一・一〇・七

第三回弁論

弁論更新。

(控訴人)本日付準備書面を出す。

五一・一二・二三

第四回弁論

(控訴人)五一・一〇・七付右準備書面を陳述。

内容―原判決後領収書等の原資料が出てきた

ことを理由に、仕入金額、諸経費、売上金額、

所得金額について具体的数額を主張。

以上にみられるとおり、本件の審理は、訴提起後昭和四八年六月一日、原審において第一回口頭弁論が開かれて以来、原審の弁論が終結された同五一年一月一二日まで一五回、さらに当審において同年七月一日の第一回口頭弁論期日が開かれてから同年一二月二三日の第四回口頭弁論期日に至るまで、口頭弁論の回数にして一九回、年数にして三年六か月にわたるが、その間、控訴人は被控訴人のした課税の根拠ならびに経緯の主張に対し、原審の第六回口頭弁論期日(昭和四九年五月一五日)において同日付けの準備書面をもつて、各係争年分の売上原価・収入金額・算出所得金額・営業所得金額については否認、差益率・算出所得率については争う、特別経費・事業専従者控除額については認める、各仕入先の数量金額ともに否認という認否をしたほかは、ただ推計課税の違法を主張するのみで、各係争年分の所得金額を裏づけるための実額については、右準備書面の中で後日主張するかのごとき口吻をしておきながら原審においては遂に何ら主張・立証するところがなかつた。

しかるに、控訴人は昭和五一年一〇月七日の当審第三回口頭弁論期日に至つて、原判決後最近に至り領収書等の支払関係の原資料がみつかつたと称し(この点是認できないこと後記のとおりである)、突如として本件各係争年分の仕入金額、諸経費、売上金額等についての具体的数額を記載した準備書面を出し、同年一二月二三日の当審第四回口頭弁論期日に右準備書面を陳述したのであるから、控訴人の右主張が民訴法一三九条一項にいうところの時機に後れた攻撃防禦方法に該当することは明白である。

二時機に後れて提出したことが故意又は重大な過失に基づくことについて

控訴人は、原判決後最近に至り領収書等支払関係の原資料がみつかつたとして、当審の前記口頭弁論期日に至つて仕入金額、諸経費等についての具体的数額の主張をするようになつたのであるが、しかし、攻撃防禦方法としての右主張の提出が時機に後れたことについて、控訴人に故意か少くとも重大な過失が存したことは明白といわなければならない。すなわち、

1  当審の第三回口頭弁論期日において控訴人から前記主張を記載した準備書面が出されるまでは、被控訴人が主張した課税の根拠としての具体的数額について、控訴人から積極的な主張は全くなく、原審の口頭弁論終結時点においても、当事者双方他に主張及び立証なしとして結審されており、その審理の過程において、被控訴人の主張に対し、領収書等の原資料が紛失ないし散逸のため、仕入金額等について具体的数額をもつて反対主張をなしえない旨反論しない理由を示された事実はない。

2  のみならず、控訴人は原審における本人尋問において次のように供述しているのである。

被控訴人(被告)指定代理人の間に対しそうすると、税務署への所得金額の申告はどういう資料に基づいて計算されたんですか。

それは仕入れの伝票がきちつととつてありますので、仕入れの伝票、それから光熱やなんか引いて計算してやつております。(一七八丁裏)

あなたの方でも言い分がああるんだつたら、その言い分をはつきりさせる資料があれば出してもいいんじやないかと思うんですけれども、それを今になるまで出さなかつた理由は何だつたんですか。

………(一七八丁裏から一七九丁表)

伝票なんか残つてないんですか。

ありますよ。きちつととつてありますので、それで計算して出してありますので。

それをこの裁判で全然出してこないというのはどういう理由ですか。

………(一七九丁裏)

控訴人(原告)代理人の間に対し

伝票のことですけど、先ほどきちつと今もあるようなことをおつしやいましたが、いつも領収書とかそういうものを取引するたびにもらつてきて、一箇所にしまつておいて、申告のときにそいつを民商にまとめてもらう。こういうことですね。

そういうことです。(一八三丁表)

資料それ自体は今言つたような形で保管しているために、ない部分もあるわけでしよう。

資料はきちんとしまつてありますので、失えるということはないです。

(一八三丁裏)

従つて、原判決後最近に至り領収書等支払関係の原資料がみつかつたという控訴人の主張はとうてい是認できるものではない。右によれば、控訴人は領収証等の原資料を保管しているので、それにもとづく各係争年分の仕入金額、諸経費等についての具体的数額の主張をすることができたのに、原審においては、これを敢えてしなかつたものと認められる。仮に、百歩譲つて、原審における前示の控訴本人尋問が終了した後に右の原資料が一時見失なわれたとしても、それ以前に何回も行なわれた原審の口頭弁論においては右主張をすることができた筈である。

もつとも、控訴人訴訟代理人は原審において右主張をしなかつた理由についてさらに「仮に控訴人が原審において具体的数額及びその証拠方法を主張立証することができて、これを行なつた場合、被控訴人は必ず反面調査等をしてこれに対応してくるし、更正処分の取消訴訟においては事後的に更正処分の数額が立証されうればたりるとされている以上、結局は具体的数額の争いという形で訴訟が展開されるようになつてしまうことは明白であり、そうなると控訴人は本件における推計課税の要件及びその合理性についての争いを断念せざるをえなくなるのである。控訴人としては、具体的数額を主張立証するまでもなく、推計の要件及びその合理性を争いその限りで勝ちうれば、はるかに早期に訴訟の目的を達しうるのであるから、控訴人が原審において具体的数額を主張しなかつたことは当然であり、何ら非難されるべきことではない。ただ、控訴人の認識に反し原審では敗訴となつたため、当審においてはやむをえず具体的数額を主張するものである。」と主張しているのであるが、本件記録によれば、被控訴人指定代理人は、原審において本件の推計課税の要件の存在及びその合理性について、一応合理的と認められる主張と立証をつくしているのに対し、控訴人訴訟代理人は、既に判例上解決された問題である調査における適正手続の不履践のみを主張し、控訴本人尋問を援用したほかには反証らしきものは何も提出していないのである。かかる訴訟の審理経過に徴してみるとき、十分な法律的知識のない者ならばいざ知らず、弁護士である控訴人の訴訟代理人らにおいて、推計額が真実の課税標準額及び税額と異ることを主張立証するまでもなく、推計の要件及びその合理性を争うことのみによつて勝訴しうるものと信じたとしても過失がなかつたということはできず、むしろその過失は極めて重大であるといわなければならない。

因に、ここにいう重過失は当事者或いは代理人のいずれかについて存すれば足りるものと解すべきである。

三控訴人主張の攻撃防禦方法の審理によつて、訴訟が遅延することについて

被控訴人指定代理人は控訴人の右主張につき本申立をして未だ控訴人の右主張に対する答弁(認否)をしていないのであるから、控訴人の右主張を許容すれば被控訴人の答弁を求めるためにもさらに口頭弁論期日を続行しなければならないし、控訴人訴訟代理人においては右主張が許容された場合には、これを立証するために約一〇〇〇点の書証と人証として控訴本人の取調を請求する予定であるというのであり、他方被控訴人指定代理人においては自己の主張を維持し、又は控訴人の主張に対し反論し防禦するためには、控訴人の主張にかかる取引先の一つ一つの数額について真否確認のための反面調査の必要を生ずる訳であるが、原処分時又は異議申立に対する審理時の調査とは全く事情を異にし、すでに取引が行われてから一〇年近くの歳月を経た現在、控訴人の主張の取引が真実行われたか否かを調査すること自体、取引先における資料等の散逸の点からも著しい困難が予想され、それを克服しながら調査を行い訴訟上の防禦をするには予測することのできない長時日と多くの期日の続行が必要であるというのである。かくては訴訟の完結が著しく遅延するに至ることは自明である。

そうであるとすれば、控訴人の前記主張は民訴法一三九条に照らして許されず、時機に後れた攻撃防禦方法として却下されるべきである。

よつて主文のとおり決定する。

(丸山武夫 林倫正 杉山忠雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例